私の好きなジャズ

1. ジャズとブルースが好き

 中学二年の時、友人からブルース、ついでジャズを教えられ、たちまち好きになった。どちらもレコードで聞いた。最初にお小遣いをためて買ったジャズのLPは、バド・パウエルの『バド』(ルースト)とウィントン・ケリーの『ケリー・ブルー』(リバーサイド)の二枚。お茶の水のディスク・ユニオンで手に入れた。今でもこの二人は大好きで、この二枚もたまに聞く。天才だと思う。

 ブルースはこの頃丁度、ビクター音楽産業からチェスやケントなどを音源としたブルースのシリーズが出始めた。ザ・ベスト・オブ・マディー・ウォーターズとかリトル・ウォルターとかエルモア・ジェイムズとかのシリーズで、ブラインド・レモン・ジェファーソンまででた。これを聞いてすっかりファンになった。おりよく、B.B.キングが来日し、私は中学三年生の分際で、悩んだ末にではあったが、サンケイホールまで聞きに行くこととした(1971年3月3日)。よくわからないところもあったけれど、何か魅力的でますます好きになった。一曲めのエブリデイ・アイ・ハブ・ザ・ブルースからして圧倒された。そしてそのまま、ハウ・ブルー・キャン・ユー・ゲットになるという、当時定番となっていた構成のショウである。BBの全盛期の芸は子供の心もぎゅっとつかんでくれたのだと思う。この演奏はライブ盤のLP(のちCD)になっていて、のち聞き返してみたら、かなり良い演奏だとあらためて思った。ドラムスにサニー・フリーマンがいたバンドである。B.B.も今(2001年)と比べると若く元気で、全盛期の張りと勢いがある。翌年もB.B.は来日し、これもまた見に行った。今はB.B.はほとんど聞かないけれど、ブルースは相変わらず大好きで、よく聞いている。

2. ジャズで一番好きなのは

 今はベースのレイ・ブラウンが一番好きだ。柔らかくしかし芯の強い音色。フォー・ビートのラインの美しさ。圧倒的なリズム感と湧き出るビート。よく歌うソロ。おしゃれでユーモアたっぷりのおかず。無駄な音や、手癖で奏いてしまうでたらめな音がなく、正確無比。ブルージーでファンキーな感覚。神業のようなテクニック。ジャズ史上最高のベーシストだと思う。年齢的な衰えも感じさせない超人である。

 忘れられないライブが二回ある。一度目は1987年12月6日、原宿のラフオーレ・ミュージアム・ホールで見たレイ・ブラウン・トリオ+スタンリー・タレンティンのライブ。メンバーはピアノのジーン・ハリスにドラムスのミッキー・ロッカー。それにゲストでスタンリー・タレンティンが加わるというもので、ちょうどコンコルドのCD「ジーン・ハリス・トリオ・プラス・ワン」と同じである。ただし、リーダーはベースのレイ・ブラウンであった。とてもファンキーでソウルフルなライブだった。バット・ノット・フォーミー、テイク・ジ・A・トレイン、リパブリック讃歌、シュガー、ラウンド・ミッドナイト、など耳に残っている。まだみんな若かった。レイ・ブラウンも元気いっぱいに、バンドをひっぱっていた。

 もう一回は、1998年11月23日、ニューヨークのブルーノートで見たレイ・ブラウン・トリオ+ディー・ディー・ブリッジウォーターのライブである。早く着いたので、ステージの真ん前のかぶりつきで見ることができて幸せだった。レイ・ブラウンは年齢を感じさせず、大変元気。名人芸であった。運指は確実で、目にもとまらぬ早いフレーズを楽々と弾きこなしていた。そして圧倒的なビートがすごい。地から沸き上がるような力強さであった。ピアノのジェフ・キーザーがまたとても繊細で、都会的で、うまい。洗練された持ち味が好きだ。コン・アルマ、リユニオン・ブルース、それにディー・ディーが歌うモウ・ザン・ユー・ノウなどすばらしかった。ディー・ディーは『ディア・エラ』収録の曲をいくつか歌っていた。客席にミュージッシャンがたくさん来ていて、ミルト・ジャクソンもいた。スタンリー・タレンティンもミルト・ジャクソンも最近亡くなってしまい、とても残念だ。レイ・ブラウンには末永くがんばってほしいと心から願っている。

 LP、CDは、ヴァーブ時代は、@『ベース・ヒット!』、A『レイ・ブラウン/ミルト・ジャクソン、オーケストラ・アレンジド&コンダクティド・バイ・オリバー・ネルソン&ジミー・ヒース』、B『レイ・ブラウン・ウィズ・ザ・オール・スター・ビッグ・バンド・ゲスト・ソロイスト・キャノンボール・アダレイ』の三枚が三大名盤。ダイナミックなウォーキング、超絶テクニックのソロ、おしゃれで楽しいおかずが堪能できる。オーケストラをバックに弾きまくるベースなど彼以外には考えられない。次に、コンテンポラリーのC『サムシィング・フォー・レスター』がまたよい。エルビン・ジョーンズ、シダー・ウォルトンとのトリオで快調な演奏が続く。エルビンとの相性もとても良く、主役のレイ・ブラウンがそれにのって弾きまくる名盤である。

 その後のコンコルド、テラークの時代も名演・好盤がたくさんある。この時代は、ピアノがモンティー・アレキサンダー、ジーン・ハリス、ベニー・グリーン、ジェフ・キーザーと変わり、ドラムスはミッキー・ロッカー、ジェフ・ハミルトン、ルイス・ナッシュ、グレッグ・ハッチンソン、カリーン・リギンズなどが務めている。私はこのうち、ピアノはジェフ・キーザーが一番好きで、次がジーン・ハリスだ。ドラムスはカリーン・リギンズとグレッグ・ハッチンソンが切れ味鋭く痛快である。NYでレイ、ジェフ、カリーンのメンバーのライブを見ることができたのは幸せであった。

3. シャーリー・ホーン

 ジャズ・ボーカルで好きなのは、一位がアニタ・オデイ、二位がダイナ・ワシントン、三位がシャーリー・ホーンだ。最近ディスクをよく聞くのは、次々と力作の新譜を発表するシャーリー・ホーンである。ヴァーブと契約してからの彼女は、ここ十年ほど大変に好調で、ワン・アンド・オンリーのすばらしい弾き語りを聞かせてくれる。

 たとえばヴァーブ第一作目の『アイ・ソート・アバウト・ユー』(1987)がまず名盤である。ハリウッドのバー・アンド・グリルのヴァイン・ストリートでのくつろいだライブ・アルバムだが、まずは冒頭の一曲、サムシィング・ハプンズ・トゥー・ミーの歌い出しのすばらしいこと。たったワン・フレーズで自分の世界を現出させてしまう芸の力に感嘆する。またアワ・ラブ・イズ・ヒア・トゥー・ステイの歌い出しのイッツとベリーとの間を長めにとる何とも言えない間のよさ。最高である。ピアノもとてもうまく、イントロなど絶妙の雰囲気で軽く弾く。ナイス・ン・イージーなどもイントロでうきうきさせて、そのまますうーと歌に入っていく。そしてタイトル曲のアイ・ソート・アバウト・ユーに続く。この曲は大好きな曲だし、これは名演だと思う。

 シャーリーは、マイルスが高く評価した歌手として知られているが、独特のスローのテンポの設定や語り口、間の取り方に、両者共通する持ち味を感じる。マイルスはバラードがうまかった。ガーランド、ケリー、エバンス、ハンコックなどのイントロに続いてミュート・トランペットで入ってくる、その間が何とも言えずすばらしく、余人の追随を許さない。よい演奏がたくさん記録されているが、私が一番好きな曲は、アイ・ソート・アバウト・ユーと、アイ・フォーリン・リブ・トゥー・イーズリィーの二曲である。マイルスだけの世界とかつては思っていた。けれど、シャーリーのボーカルは共通性が多くあって驚く。テンポや語り口、間の取り方が同質なのである。ピアノの合いの手すら、マイルスのサイドメンみたいに聞こえてしまう。

 シャーリーにはマイルスを追悼した『アイ・リメンバー・マイルス』(1998)がある。このCDは全体が傑作であるが、二曲目のアイ・フォーリン・リブ・トゥー・イーズリィーがとりわけ好きだ。この独特のテンポの設定。シャーリーの語りかけるような歌と絶妙のピアノ。そこにロイ・ハーグローブのミュート・トランペットがオブリガードをつける。ロイ・ハーグローブはリー・モーガンが好きなのだとずっと思っていたが、やっぱりマイルスも大好きだったのだ。考えてみれば当たり前のことだ。みんなマイルスが好きなのだ。間奏のロイのトランペット・ソロもマイルスに敬意を表したすばらしいソロである。アル・フォスターのドラムスがブラシからスティックに替わる瞬間もぞくぞくくる。そしてシャーリーの歌。アイ・フォーリン・リブ・トゥー・イーズリィーはアニタ・オデイの歌がすばらしく、大変な名演であると思うが、これもそれに迫る出来だと思う。

 他にジョニー・マンデルがプロデュースと編曲を担当した『ヒアズ・トュー・ライフ』(1992)や最新作の『ユー・アー・マイ・スリル』(2001)も、やや大げさなところはあるが、ともに好盤であると思う。また、マイルスをはじめとして、ウィントン&ブランフォード・マーサリス、バック・ヒル、トューツ・シールマンス、アル・フォスター、バスター・ウィリアムスといった豪華なゲストを迎えた『ユー・ウォント・フォゲット・ミー』(1991)や、ジョー・ヘンダーソン、エルビン・ジョーンズが参加した『ザ・メイン・イングリディエント』(1996)も、大いに楽しめる。

 シャーリー・ホーンを聴いていると、アメリカのジャズの底力というか、層の厚さを思わずにいられない。きっとこうしたピアノ弾き語りの歌手はそれこそ星の数ほどいて、各地のクラブで毎夜毎夜歌っているのだと思う。ジャズはアメリカの音楽なのだから当たり前といえばそうなのだが、多くの歌手がいて、その中から真に才能あふれる者のみが表舞台に立つのであろう。シャーリー・ホーンはその頂点にいる。若手には、カナダ出身のダイアナ・クラールがいる。彼女もいい歌手だと思う。今後長く楽しませてくれるにちがいない。日本の綾戸智絵も好きだ。がんばってほしいと思う。最近はテレビでも見られる。でも、シャーリー・ホーンは今ナンバー・ワンだ。