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4章:アメリカにおける人民主権

アメリカのにおける人民主権の状態
 アメリカでは人民主権の原理は風習によって確認され、法律によって宣言されたものである。この人民主権は自由と共に拡大していった。

人民主権が生まれるまでに存在した障害
 アメリカのこの人民主権という原理ができるまでには二つの障害が存在した。それは内的障害と外的障害である。外的障害とは初期のアメリカではまだイギリスへの服従が強いられていたことである。そのため、法律に人民主権力の原理を明記することができず、地方集会、コミューンなどのなかで小さく人民主権の原理は隠れながら拡大していったのである。次に、内的障害とはアメリカ内に生まれたニューイングランドの教養やハドソン河南部の富などによって生まれた貴族勢力である。このため、すべての市民が選挙人となることはできず、一部の人間だけが選挙権を握ることとなった。ちなみに、選挙資格はニューイングランドの北部では極めて低く、南部では高かった。(1.117.6-7)

アメリカ革命後の変化
 アメリカ革命が勃発すると様相は一変した。人民主権の原理は政権を勝ち取り、この原理が法律を支配するものとなった。権力は民主主義の手のうちへと納まり、この民主的権力に反抗することができなくなった。そのため、上層階級の人間はその民主的権に服従することとなった。彼ら上層階級の人間は人民からその権力を奪取することもなく、大衆に挑戦して快く感ずるほどには大衆を嫌っていなかった。(1.118.1-2) そのため、上層階級の人間は権力者である大衆の恩顧を手に入れようと考え、たとえそれが自らの利益を侵害するものであっても、積極的に民主的な法律に投票した。つまり、自らの意思によって上層階級の人間は民主化に参加したのである。このように貴族的な地域であるほど民主化は促進していったのである。貴族的な地域での民主化促進の例として、大領主によって創設されたメリーランド州では真っ先に普通選挙を宣言し、その政治全体にもっとも民主的な諸形態を手に入れていたことが挙げられる。(1.118.9-10)
 選挙資格は完全になくなることが予見できた。選挙資格は社会を規制する最も不変的な諸規則の一つであり、(1.118.12-13) 人々が求めるものである。そのため、いったん譲歩がなされれば、その民主主義の勢力によって間断なく譲歩が起こり普通選挙へ導かれて行くのは自明である。

現在におけるアメリカ人民主権
 アメリカ社会の権力構造とは社会が自らによって、自らの上に働きかけている。つまり、権力は社会内にだけ存在している。権力を社会以外のところに求めようと考えたえり、そして、そのような理念を表明したりする人々はアメリカにはほとんどいない。(1.119.10-11)人民は立法者を選ぶことで法律の構成に参加し、執行権力の受託者を選挙することで法律の適用に参加している。(1.119.13-14) このようにして、アメリカにおいて人民は自治を行っているといえる。行政の部分にゆだねられている部分にしてもその起源に人民を汲んでいることを知っており、人民の権力に服従している。つまり、アメリカにおいては人民はすべてのものの原因と結果であり、アメリカの政治的世界を支配しているといえる。あらゆるものは人民からでてくるし、あらゆるものは人民に吸収される。(1.119.18)